古本・古書、CD・DVD高価買取のよかばい堂。全国対応の宅配買取と、福岡・九州を中心に出張買取も致します。

古い雑誌の買取り 平凡パンチと小林麻美

12月 21st, 2017 | Permalink

2017.12.21

先日仕入れた雑誌をチェックしていたら小林麻美の素晴らしい写真を見つけた。

なんとも可憐。

 

欧州のどこかの街角かと一瞬見まがうけど、よく見れば日本の路上。

後にいい女の代表みたいになっていくけどこの頃の小林麻美はカワイ子ちゃん系だった。

その頃のシングルヒット。

 

軍事郵便を買い取りました 宗像市での買い取り

12月 19th, 2017 | Permalink

2017.12.18

毎日新聞で広告をご覧になった方からお電話をいただきました。

レコードの他に軍事郵便をお売りいただきました。

兵隊さんが戦地から家族に宛てた手紙・はがきの束。毎回のようにまずは自分の無事を知らせるところから始まる文を読むと胸に迫るものがある。

スマトラは現在のインドネシアだが、戦前はマレイ(馬来)と呼ばれる地域の一部だった。現地の様子を知らせる絵はがきなど。

巧みな絵を描いているはがきもある。

馬来(マレイ)のスマトラに赴いていた兵隊さんが家族に宛てたはがきの束です。

珍しいレコードを手に入れました。

大滝詠一のペパーミントブルーのプロモ専用盤。モノラルミックス。

これはレアです。

 

イギリスの古書の町を訪問 ヘイオンワイ

12月 12th, 2017 | Permalink

2017.10.14

以前から行ってみたかったイギリスの古書で有名になった町にやっと重い腰を上げて行ってきた。

すでにこの内容は雑誌「フォーNET」に掲載し、さらに同じ内容を別のブログに掲載しているのでここではリンクをご案内します。

古書よかばい堂の古本買い取りコラム

 

せっかくこのページをご覧いただいた方に、リンク先には載せていない写真をご紹介。

ロンドンから3時間ほど走るとこんな田舎道になる。窓の外は牛の糞の臭いがしたりもする。

ヒースロー空港からレンタカーで3時間半、ようやく着いた古書の町の古書店

投宿先のホテル。いわゆるB&Bでひとり7000円ぐらい。部屋は簡素だがさすがにイングリッシュブレックファーストはすごいボリューム。なぜかプールがあり町民も利用しに来る。

ヘイオンワイ城。補修のため閉鎖中だった。この町を有名にした自称古本王の書店として使われていたらしい。

古書店の外観。ショーウィンドー。

不動産屋の店先にある物件情報。田舎だけどけっこう高い。日本人がヨーロッパの城を買いあさったのは昔日の話。そう簡単には買えない値段。

この町で一番大きな古書店の店内。店内にはソファが設置され、カフェも併設されているのでゆっくりと過ごすことができる。

入口から見たところ。

ミステリー専門店のショーウィンドー

 

山口県周南市で昭和レトロな雑誌の買取り  週刊プレイボーイ・平凡パンチ・GORO・週刊宝石・週刊現代など 断捨離中の方から

12月 12th, 2017 | Permalink

2017.12.9

朝日新聞の広告をご覧いただいた方からのお電話。

朝日は九州山口を通して広告が出るときがあります。

なのでよくお電話をいただきます。

山口でも下関と周南市じゃずいぶん距離が違います。

電話での話だと買い取りに行くと足が出るんじゃないかという気がしたので、宅配買取をご提案すると、

大量なので宅配は大変だし交通費はこちらが負担するので来てくれないか、とまでおっしゃるので行くことにしました。

週刊プレイボーイ・平凡パンチ・GOROなどを査定していると、「週刊宝石や週刊現代は買いませんよね?」とお尋ねになります。

「いえ、大丈夫ですよお見積りします」と言うと奥から大量に運び出されてきました。

なんでも断捨離中なのだとか。

大きな家なので置く場所には困らないのでしょう。古い雑誌をたくさん買い取らせていただきました。

 

雑誌以外にももちろん学術書や専門書、さらには古文書や掛軸、昭和レトロなレコードやCD・DVDにいたるまで様々な品を査定します。

 

古書よかばい堂

092-408-4208

090-3664-6864

 

福岡市東区で雑誌の買取り!

12月 7th, 2017 | Permalink

2017.12.6

東区の住宅地にお住まいの方からの電話。

サブカル系のいろんな本を整理したいとのことで参上してみました。

ところが実際に書棚を拝見するとずいぶん整理が進んできれいになってしまってます。

残された本はご自身のお気に入りの本らしいのですが、正直古本屋の目から見ると値が付くものは少ないのでした。

そうこう話をするうちに、屋根裏部屋に雑誌がまだたくさんある、とのお話が!

なんと「週刊TVガイド」がたくさん残っているとのこと。

この雑誌、もともと読み捨てられる運命にあった雑誌なので残っていることはきわめてまれ。

この方は仕事の関係でとっておかれたようですが、残念ながら古い順に捨ててしまったそうで、残されたものは昭和の最後、1980年代のものでした。

先方さんも驚かれたようで「こんな雑誌の方が売れるの!?」と至極もっともな疑問をぶつけてこられますが、実のところ雑誌の方が高値がつくことはよくあります。

ですから、皆さん、ぜひとも「こんなものは売れないだろう」という見込みで捨ててしまわず、まずはご相談ください。

 

福岡県粕屋郡篠栗町で思想書・哲学書・文庫・新書の買取り 断捨離中の大学教授より

11月 28th, 2017 | Permalink

2017.11.28

大学の先生は本を売りなれている方が多く、弊店の査定額も予想の範囲内だったようでスムーズに交渉成立。

弊店ホームページをご覧いただきお電話を下さったとのこと。

このブログもお読みいただいたようです。

ハードカバーの思想書は値が付くものが多いです。特に法政大学出版局やみすず書房、藤原書店などのものは値崩れしにくいものが多い。

文庫や新書は値崩れしやすいですが、ちくま学芸文庫や講談社学術文庫は比較的値崩れしていないものが多いです。

古書よかばい堂

092-408-4208

090-3664-6867(携帯)

 

マリリン・モンロー、福岡での投げキッス

11月 7th, 2017 | Permalink

モンローに直接会った人の話は残念ながらまだ聞いたことがない。

60年以上前の話だから、生きている人も少なくなってしまのだろう。

なので私が耳にした話はすべて又聞き。

ひとつは前回すでに書いたナプキンの話。

もう一つは今から書く「投げキッス」の話。

私の同級生のご尊父がモンローが宿泊したホテルと彼女が食事をしたレストラン花の木の双方の設計に携わったという。

その縁でか、ご尊父は(おそらく仕事上で)モンローを直接目にするチャンスがあったそうだ。

彼は堅い人だったにもかかわらずモンローから投げキッスを受けた話を家族に聞かせていたらしい。

たったこれだけだが、なんとも味のある話だ。

想像してみるに、おそらくはモンローは彼一人に対してはなく、彼を含む一団に対して投げキッスをしたのだろう。

遠くから見守る群衆に愛嬌を振りまいたと考えればわかりやすい。

米軍の慰問の際にステージ上から米兵たちに向けてしたように。

それでも、である。あのマリリン・モンローがこっちを向いて(おそらくは数メートル先の至近距離から。だって建物の中での話だと思うから)あの投げキッスをされたら、

どんな堅物でも家族に話をしたくなることだろう。

Youtubeで”Marilyn Monroe ” “Blowing Kiss”で検索すると福岡での静止画を集めたものが出てきた。

https://www.youtube.com/watch?v=VihtwlQ8ls4&t=8s

これを見ると福岡では彼女は”Brady Airbase”を訪れたことになっている。

このBrady Airbaseがどうやら雁ノ巣の飛行場あたりのようなのだ。

つまり、シオヤヒルズから海の中道の海岸を彼女が眺めたのではないかという憶測はあながち間違っていなかったかもしれない。

ネット情報だけでとりあえずここまでたどり着いた。

時間があれば、さらに調べてみることにしたい。

マリリン・モンローと花の木

11月 6th, 2017 | Permalink

モンローの福岡での話の続き。

彼女がロイヤル花の木でオニオン・グラタンを気に入ったという話はよく耳にする。

ただ、当時は大濠公園にはなかった。

「花の木」は現在の「博多エクセルホテル東急」の場所にあった。

実はよかばい堂店主も子供の頃親に連れられて2度ほど行ったことがある。

今から50年近く前のことだと思う。

花の木はロイヤルの旗艦店だ。

当時は花の木と言わずとも「ロイヤル」というだけでちょっとよそ行き気分で行くレストランだった。

たしか新天町とか「西鉄グランドホテル」の正面(今の「まんだらけ」のあたり)にもあった。

ロイヤルホストというファミレス展開はしていなかった時代だと思う。

さてその花の木だが、驚いたのは店に入って案内される場所が、メニューを見るためだけの部屋というかコーナーだということだ。

つまりそこでは食事はしない。

大人たちは食前酒を飲んでいたのかもしれないが、メニューを見てウェイターの説明を聞きながら注文をする。

ほどなくしてテーブルのセッティングが終わるとおもむろに二階のテーブルに案内されるという寸法だった。

 

レストラン花の木のHPを見たら、当時の中洲店について「一階は喫茶、二階でフランス料理を提供し」とあるから、

あれは1階の喫茶だったことをいま知った。当時は子供だったので、メニューを見るための部屋があると思っていた。

 

二階からは目の前に那珂川が見えたことと、タンバル・エリーゼというデザートがうまかったのを覚えている。

先日テレビを見ていたら大濠公園の花の木に行った取材クルーが、「モンローはここに座ったんですね」というと「はい」と店員が答えていた。

モンローが座った椅子が残っているので、その椅子に座ったという意味ではたしかにそうだが、彼女が見た景色は大濠公園ではなく那珂川だった。

こういうことは年寄りが証言(?)しておかないとだんだん忘れられたり、勘違いが流通しそうなので書いておくことにする。

 

レストラン花の木のHPを見たら、古い中洲にあった店舗の写真が掲載されている。

モンローが来店したのは開店から3カ月のことだったとも書いてあった。

 

さて、モンローが使用したナプキンをいまだに保管している人がいるという話を聞いたことがある。

市内にあるとあるレストランのオーナーから聞いた。

というのも彼が若いころ花の木にいたと聞いたからだ。

「モンローには会いましたか?」と尋ねたら、

「いいえ私が入社したのは彼女の来店の後でした。でも先輩で彼女の給仕をした人は今でもその時彼女が使ったナプキンを持っていますよ」

ということだった。

これはすごい。文化財だ。福岡市博物館はぜひ買い上げてください。いやロイヤルさんでもいい。

こういうものは貴重です。

 

 

 

 

 

マリリン・モンローと福岡

10月 30th, 2017 | Permalink

2017.10.30

こんなことは古本屋の仕事ではないとは思うのだが、もう年寄しか語る者がいなくなりつつあるので、知っていることをぽつぽつ書いてみようと思う。

私自身きちんとした取材をしたわけでもなく、聞きかじりの情報や拾い読みした本の情報の記憶から書いているので、かなりの確率で事実誤認が混じっていると思う。

なのでお気づきの方がいらっしゃればご指摘いただければ幸いです。

マリリン・モンローが福岡に来たことがあると言うと驚く人がいるかもしれない。

彼女はまだ新人女優の頃にニューヨークヤンキースのスター選手ジョー・ディマジオと結婚し二人で日本にやってきた。

といっても新婚旅行に日本を選んだわけではない。

ディマジオが日本側(おそらく読売新聞社やジャイアンツや日本プロ野球機構あたりか)からの招待を受けて日本人に野球を教えに来たというのが本当のところらしい。

一度調べたことがあるが、当時のモンローはまだハリウッドでの出演作が数本しかなかったはずで、のちの代表作となる映画のほとんどにはまだ出演してなかったはずだ。

この程度はネットでググればすぐわかるので、ちょっと引用しておく。

モンローの来日の年:1954年2月

代表作と製作年:1953年「ナイアガラ」「紳士は金髪がお好き」「百万長者と結婚する方法」

1954年「帰らざる河」「ショウほど素敵な商売はない」

1955年「七年目の浮気」

1956年「バス停留所」

1959年「お熱いのがお好き」

つまり、まだ主役としては3本の映画しか知られていない頃に来日している。

いっぽうディマジオはすでに40歳で野球人としての知名度ははるかに高かったようだ。

福岡に来たふたりは「国際ホテル」に泊まった。

私はてっきり「日活ホテル」に泊まったと思っていたが、ネット情報では「国際ホテル」となっている記事が多い。

一度きちんと調べてみたいと思っている。

けっこうこの辺は情報が錯綜していて、私よりも年配者でも「帝国ホテル(当時は福岡にも呉服町に帝国ホテルがあった)に泊まった」という人がいるぐらいだから、

このへんはきちんと調べたいと思っている。ちなみに彼らは東京では帝国ホテルに泊まっている。

きちんと調べるには文献にあたってみたい。

まずは福岡市中央図書館にでも行き当時の新聞記事を確認してみたいところだ。

隠居したらじっくりやってみたいと思っていたのだが、気づいたら還暦が目前に迫っている。もう時間がない!

福岡の米軍とはどこにあったのかも確認すべきだろう。

板付と雁ノ巣に米軍がいたことは漠然とした記憶にはあるが、モンローはいったいそのどこに行ったのか?

何時間ぐらいいて、誰と会い(当然米軍関係者だろう)、何を食べ、どこでもてなされたのか?

海の中道海浜公園の中で素晴らしい砂浜の景観を一望にできるシーサイドヒルシオヤという建物がある。

あまり知られていないが、機会があればぜひ一度ここからの景観を見ていただきたい。

福岡市内でもっとも素晴らしい景観のひとつではないだろうか。

20年以上前に東区の不動産屋から聞いたのだが、雁ノ巣に米軍がいたころに彼らがこの建物を建てたらしい。

彼によると将校用のゲストハウスだったらしい。

これも私の聞きかじりの記憶なのでどこまで正確かはわからない。

もしもモンローが雁ノ巣にも訪問したなら、きっとこの将校用ゲストハウスに来たに違いない。

もしもこの憶測が当たっていればきっとあの景観を目にしたはずだ。

そのとき彼女はどんな感想を述べたのだろうか?

この点はぜひ確認してみたいところだ。

どこの文献に当たればいいかだが、米軍の記録で公開されているものに頼るしかないだろう。

アメリカのペンタゴンにでも行き情報公開請求をすればいいのだろうか?

ただ、モンローが福岡に来て誰とどこで会ったかぐらいなら、アメリカまで行かなくても日本国内でもわからないでもなさそうだ。

米軍の新聞に「星条旗新聞」”Stars and Stripes”という新聞がある。

まずはこの新聞の当時のものを見るのが第一歩だろう。

東京に行けば星条旗新聞社があるから、そこに聞いてみるのがいいだろう。

とうわけでひそかに老後の楽しみとしていたのだが、今日福岡のとある民放から電話をもらい、

私が書いたツイッターを頼りに情報提供を願い出て来た。

残念ながら私には出せるものはないが、上記の情報を提供した。

もしかすると福岡でのマリリン・モンローの足跡をたどる番組ができるかもしれない。

自分で調べようと思っていたが、なかなか進まないのでテレビ番組に頑張っていただきたい。

期待しています。

2019.2.10(追記)

いつだったかテレビを見ていて驚いたことがある。

大濠公園にある「レストラン花の木」を取材したローカル番組だった。

レポーターの若い女子と店員がモンローの話をしている。

店にはモンローが座ったとされるテーブルがいまでも残っており、レポーターがその椅子に座り、

「モンローはこの景色を見たんですね」というようなことを言う。

花の木の店員(マネージャー?)はそれをにこやかに見つめている。

という内容だった。

すでに書いたようにモンローが来店した当時のレストラン花の木は中洲にあった。

当然彼女がみた景色は大濠公園ではなく那珂川の景色だ。

花の木が大濠公園に移ったのはその㏋によると1989年(平成元年)、モンローの来店の35年後だ。

こういうことは我々年寄りにはすぐに間違いだとわかるのだが、若いとわからないのだろう。

 

福岡市でDVDの買い取り

10月 15th, 2017 | Permalink

2017.9.30

大量のDVDを買い取りました。

売り主様ご本人の言によれば「映画秘宝」系とのこと。

レンタルショップには置いてないマニアックな映画が多いので買値もかなりの額になりました。

最初は弊店が委託を受けて古書組合の市に出品するということで合意していたのですが、

弊店の都合で直接売っていただけないか打診したところ快諾いただいたので遽全部買い取りました。

もちろんこちらの都合による申し入れなので市での予想落札価格に上乗せさせていただきました。

さらに組合や弊店の手数料分も節約できたので売り主様は手取り額にはご満足いただけたと思います。

 

 

 

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