東京出張の巻
全古書連(全国古書籍賞組合連合会)という組織がある。全国の古本屋がほぼ都道府県別につくっている組合の連合体である。その総会に組合長に代わって代理出席した。
総会自体はよくあるパターンできわめて事務的に行われる。サラリーマン時代の労働組合の総会を思い出した。進行のしかたはほとんど同じだ。議長を選出し議事進行役を決めたら、1号議案、2号議案と進めていく。決算報告と予算案の議決というのも同じだ。最後の全国から集まった全員の集合写真。これも労働組合の総会と同じ。
驚いたのは懇親会だ。場所を移して向島へと赴く。なんと都バスを2台チャーターし、それに分乗して一路向島へ。車窓から見る薄暮の都心の風景が美しい。御茶ノ水から秋葉原・上野・浅草橋そして吾妻橋を渡り墨田区へとはいると、ライトアップされたスカイツリーがいやでも目に入る。そうこうするうちに、低い建物の多い墨田区の一角にある料亭に到着。
正直言って向島の料亭とは聞いてはいたが、なにしろ古本屋の集まりだから大した予算でもないし、単に食事をするだけだろうと思っていた。
ところがどっこい、嬉しい意味で予想を裏切られ、ステージが設えられた大宴会場にはいると着物姿の綺麗どころが続々と現れて席の合間を縫ってお酌にまわる。一同いい色になったあたりで、幇間(たいこもち)が司会役をつとめ、三味線お姉さんと芸妓がステージに登場し舞を披露。その後も幇間芸や客と一緒の御座敷遊び(といっても他愛のないもの)で、楽しい時間を過ごした。ちなみに言うと、われわれ古本屋とはいっても、数は少ないが女性の参加者もいるから、昭和の頃に男だけの集まりで「芸者を揚げてどんちゃん騒ぎ」というのとはずいぶん違っていると思う。
東京で10年以上サラリーマン生活をしてきたが、正直に言ってこんな経験はしたことがなかった。向島にこんな場所が残っているとは知らなかったが、まだ存在していることを知り嬉しくさえ感じた。
年に数回は東京にいくのだが、もう新しい名所やビルには興味が持てなくなった。というよりも、むしろ嫌悪感すら感じるほどだ。年のせいだろう。東京五輪以降変わってしまった東京を嘆いた小林信彦や松本隆の気持ちもこんなだろうか。失われた東京を嘆く系譜は永井荷風や山本夏彦あたりにもあったかもしれない。自分をその系譜になぞらえるわけでは無論ないが、年を取ると自分の知っているものに親しみを感じるのは当然だろうと思えてくる。
だからむしろ、渋谷・新宿・原宿あたりよりも、古いものが残っている墨田区や台東区あたりの方がしっくり来る。都心といっても神田や銀座が関の山。青山や六本木はおそろしくて行く気がしない。
さて、お座敷遊びの翌日は好天に恵まれ本の街神保町を散策。自分は古本屋ではあるのだが、こうやってじっくりと見て回るのは初めてだ。きっと自分で店を始めたからだろう、同業者の目で自分の店の参考になりそうだ、と思いながら見てしまう。
漫画・芸能・音楽・雑誌などのサブカルチャーを扱う店が支店を出していたりし、活況を呈しているようだ。その一方で洋書の老舗などは、立派な店の一階をカフェと絵本屋にしてしまっていたが、セレブ風のマダムが多く、これはこれでうまく転換できているように見えた。